生産者ストーリー

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Vol.17 高橋 雄一郎さん

ドメーヌ パスレルの高橋雄一郎さんは今年、山梨県北杜市の圃場(標高800~850m、1.5ha)にワインぶどうの定植を完了しました。完成したばかりのワイナリーで今年から自社醸造も開始します。2009年の就農から足掛け13年、独立したワイン生産者として新たなスタートです。

高橋さんの語り口はとても穏やか。しかしこれまでの経緯を伺うにつれ、最初の印象とは裏腹に自身のビジョン実現に向けて力強く行動する姿が見えてきました。

埼玉県秩父市出身の高橋さんが就農を意識したのは、大手電気機器メーカーのエンジニアとして東京の本社から山梨県甲府市に出向し、9年が経過した頃でした。豊かな自然環境のありがたさを感じながら日々を過ごす中、地球全体の環境が危機に面している状況を憂うようになりました。そんな中で「自分にできることは何か」を家族と一緒に考え、「食と農業」に行き着いたそうです。豊かな自然と共にある生活を次世代に繋いでいくため、就農を決意しました。

雄大な景色をバックに自然栽培の米づくり

2009年に笛吹市の観光農園で研修をしながらぶどうと桃の生産を開始、「ブドウに携わるからには、どんなことでもトコトン学びたい」という探求心から、同年にワインぶどうの栽培が学べる山梨県酒造組合下部組織の若手醸造部会の勉強会にも通い始めました。この勉強会は栽培だけでなく、醸造やテイスティングなどワインメーカー向けの内容も含まれていました。歴史、文化、哲学、芸術性、自然との営みなど、生涯を費やしても解き明かしきれないほどの奥深さに魅了され、徐々に将来はワイン造りの道に進もうと思うようになりました。
ワインぶどうに適した冷涼な土地を求めて日本中を探し回って3年、ついにこれ以上はないと思える場所に出会い、現在の住処である北杜市へ移住。ワイン造りへの一歩を踏み出しました。

北杜市の圃場1 北杜市の圃場2
北杜市の圃場

地球環境に配慮した持続可能な農業を目指している高橋さんは、肥料や農薬を全く使わない自然栽培で米と生食用ぶどうを作っています。ワイン用ぶどうに関してはその性質上、完全な自然栽培は難しいため、無化学農薬、無肥料の「有機栽培」を実践しています。
「ワインづくりには哲学がたくさん含まれていて、知れば知るほど強く惹かれます。音楽・文学と同じ芸術性や人を感動させるパワーがあります」と話す高橋さんは、ワイン作りをライフワークと捉えています。「ワインづくりの思想」(麻井宇介著)にも強く影響を受けたそうです。

勉強熱心な高橋さんは、上述の「若手部会以外」にも多くの場に足を運んで学びを重ねてきました。
2016~2017年には千曲川ワインアカデミーで2期生として受講。栽培、醸造、分析、テイスティング、設備、免許、マーケティング、資金調達など、「ワイナリー設立」に必要な情報・技術を「実践的な視点」から学びました。その後2017~2018年には山梨大学ワインフロンティアリーダー養成プログラムで、栽培、醸造、分析、テイスティング、酒税法、マーケティングなど「ワイナリー業務」に必要な情報・技術を「学問的・科学的な視点」から学習しました。山梨大学の上記プログラムは県内ワイナリーの新人教育にも使われているそうです。
また、飲み手の気持ちを知るため、レコールデュヴァンにも通い(2019~2021)、ソムリエ資格を取得しました。その間に中央葡萄酒ミサワワイナリー、ヴィラデスト、ドメーヌ茅ヶ岳、ドメーヌヒデなどでアルバイトやボランティアでの作業も体験しました(2014~2020)。

Passerelle Blanc 2021とPasserelle Rouge 2022

北杜市内の長坂町と大泉町の2圃場に定植した品種は、シャルドネ、ゲヴェルツトラミネール、プチマンサン、アルバリーニョ、ピノグリ、シュナンブラン、メルローなどです。
2020年はドメーヌヒデに、2021年には南向醸造にそれぞれ醸造を委託。2022年の収穫分からはいよいよ自社醸造のスタートです。今後徐々に増産し、2025年には自社ワイン生産量を12,000本にすることが目標です。

北杜市は果実酒等の製造免許特区(最低製造数量基準が2,000L)に指定されていますが、高橋さんは通常免許を取得しました。経営的な観点からの判断でもありますが、これまで応援してくれた北杜市外の農業仲間からの委託醸造の要望にも応えていきたいという気持ちがあってのことだそうです。

これまでに学んだ基礎を大切にしたクリーンでナチュラルなワインを、ご自身も好きな白ワインからつくりはじめます。そのために導入したのが密閉タンク、密閉型プレス機、窒素置換システムなど、酸化を防ぐことに特化した設備です。

ドメーヌパスレルの外観 ドメーヌパスレルの内部
ドメーヌパスレルの外観と内部

ワイナリー名Domaine Passerelle(ドメーヌ パスレル)の「パスレル」はフランス語で「橋」という意味です。ワインを通じて「人と人を繋ぐ架け橋」に、また、次世代のために「未来へ続く架け橋」になりたいという希望が込められています。そして3つ目はご自身の高「橋」という名前も掛け合わせています。未来につながる仕事として農業とライフワークであるワインづくりを、家族と仲間と共に創造していくという想いが込められています。

千曲川ワインアカデミーでの1年間を高橋さんは、「同期の方々の熱意に刺激を受けたり、みんなと夜通し語ったりと、人生で一番ワクワクした時だった」と振り返ります。卒業後も情報交換や交流が続いています。今後同期の仲間にドメーヌパスレルでのワイン醸造に参加してもらったり、後輩たちをインターンとして受け入れることも予定しています。

家族と圃場にて

高橋さんは若い頃、世界の自然遺産や文化を肌で感じてみたいと思い立ち、バックパッカーとして20以上の国や地域を旅して周りました。そして気付かされたのは自国の美しさと人々の思いやりの精神で、それこそがサステナブルな社会の実現に不可欠な要素だと高橋さんは感じています。どことなく日本の原風景を感じられ、ワインぶどう栽培に適している北杜市の八ヶ岳南麓エリアは自身や家族にとって一番しっくりきた土地でした。
インタビューの最後、高橋さんは「富士山~茅ヶ岳~南アルプスの雄大な景色に包まれながら、自然の中でワインと向き合い、思いやりをもって人々と繋がり合っていきたい。そしてこの世界に生かされていることに感謝し、次の世代に豊かな自然と希望ある未来をつなぐ架け橋(パスレル)となれるよう、つつましく生きて行けたらと思います」と結びました。

取材日:2022年8月12日

高橋 雄一郎

秩父市出身1975年生まれ、千曲川ワインアカデミー2期生。2009年脱サラして笛吹市で就農、2014年から北杜市でワイン葡萄栽培をスタート。2022年5月ワイナリーを建設し、自社醸造を開始する予定。

(取材/文 ココプロジェ 宮下 ゆう子)