鈴木輝(ひかる)さんは幼少期を南米ペルーで過ごし、アマゾンのジャングルやアンデス山脈に聳える世界遺産「マチュピチュ」、砂漠に忽然と現れる「ナスカの地上絵」などに触れながら育ちました。総合商社と金融機関で勤務の後、2017年からはワイン造りのため千曲川ワインアカデミー(以下アカデミー)でぶどう栽培と醸造を習得。更に信州うえだファームで農業研修、フランスでワインの修行の後、2019年からは東御市御堂地区で5haの「ひかるの畑」に定植を開始。数年内のワイナリー設立も目指しています。
Vol.16 鈴木 輝さん
〈フランス、アメリカでワイン三昧〉
FIFAワールドカップが開催された1998年、ひかるさんはフランスの大手穀物商社に研修生として派遣されていました。地元フランスの優勝で街全体が盛り上がっている中、ひかるさんは本場のワインを学ぼうと、毎日浴びるほどのワインを楽しみました。社員食堂でもワイン飲み放題、レストランやスーパーには膨大な数のワインが陳列されているなど、ワインが身近に存在する日常を堪能しました。米国に留学した2004年にはナパやソノマにも足を運び、フランスとは趣の異なるワイン文化に触れました。
〈シードルとワインのリリース〉
2017年、東御市で雹(ひょう)害が発生。多くの農作物が被害を受けたことを受け、アカデミー3期生の有志が協力し、雹害りんご(フジ)を活用したシードル「Troisiem 2017」を造りました。独立就農した2020年からは、甘味と酸味のバランスが秀逸な長野県オリジナル品種のりんご「シナノリップ」でシードルとジュースをリリースしています。
同時に、長野のぶどう農家さんの協力を得て、赤ワインとロゼワインもリリースしました。
リップシードル「ドライ」「セミスイート」「スイート」
赤ワイン「心」Cabernet Sauvignon Cocoro2020
カベルネソーヴィニヨン80%、サンジョベーゼ20%、天然酵母
ロゼワイン「友」Sangiovese Pettillant Tomo2020
〈鉄人ひかる〉
ひかるさんが一生続けたいものの一つに「スポーツ」があります。サッカー、フットサル、テニス、スノボ、サーフィン、トライアスロン・・・と体力消耗の激しいスポーツばかりです。5haのぶどう畑、800本のりんご、さらにはくるみまで栽培するかたわらで、日常的にスポーツも山登りも続けられるパワーは人並み外れています。
「東御市をスポーツとワインのある楽しい街にしていきたい」と、烏帽子岳(2,066m)の頂上までの登山道整備に協力しつつ、自らも「湯の丸ヒルクライム」や「烏帽子スカイラン」といったイベントにも選手として毎年参加するなど、地元を盛り上げるために奮闘しています。
今年も10月29日~30日に予定されている、烏帽子岳を山頂まで駆け登る烏帽子スカイランは、広大な御堂のぶどう畑の中を通るコースとなっており、本場ボルドーの「メドックマラソン」を彷彿とさせる大会だそうです。「東御のワインを身近に感じられるスカイラン、一緒に参加しませんか?」とひかるさんからのお誘いです。
詳細は以下のリンクからご覧いただけます。
https://skyrunninja.wixsite.com/eboshi
<仲間と美味しい料理とワインのある最高の人生>
「おいしい料理、おいしいシードルやワインとともに、気のおけない仲間と死ぬまで楽しい時を過ごせたら最高」と言うひかるさんがワイン造りを始めたきっかけは、ライフワークの一つである登山時の出来事でした。キリマンジャロへの登頂直前で高山病(肺水腫)になり、一命を取りとめる体験をしました。その時、「人間は意外とあっけなく死ぬ。死ぬまでにいつかやろうと思っていたことを、いつかではなく今すぐやろう」と考えたそうです。
これまでお世話になった多くの方々や、毎年のように畑に手伝いに来てくれる多くの友人たちに対して感謝の気持ちを込めて、最初にリリースしたロゼワインを「友」、赤ワインを「心」と名付けました。「このワインを『心』の通った大切な方と飲んでもらいたい」とひかるさん。
〈自然の力を最大限活用した栽培〉
ひかるさんは自然の力をできるだけ活かしたワイン造りを目指しています。病害虫の発生を抑えて健全なぶどうを育てるにはどうすればよいか、試行錯誤の毎日です。これまで3年間、無農薬栽培を行い、畑の生態系を整えて微生物環境を改善し、害虫の天敵を増やす、苗木の段階から樹勢を抑えて余り急激に植物の細胞を大きくさせずにじっくり栽培する、樹液の流れをスムーズにする等々、さまざまな挑戦をしています。
なかでも土壌が良ければ病害虫の発生が抑制でき、美味しいぶどうもできるという考えから「土づくり」を重視しています。開墾されたばかりの御堂の畑は土壌バランスが完全に崩れていましたが、ぶどうカスと廃菌床で培養した微生物や、ライ麦・クローバーなどの緑肥(カバークロップ)を利用して土壌バランスを整える工夫を重ねてきました。今後は害虫を抑えるハーブなどにも挑戦していきたいとのことです。
フランスのボルドー、ブルゴーニュ、ロワール等で3カ月にわたりワイン修行をした際にも多くのことを学びました。「雑草はそこに必要だから生えてくるのよ。雑草の声に耳を傾けなさい。」という現地グローワーの言葉が今も頭に残っているそうです。雑草は土壌に必要な養分を補ったり、団粒構造を促進したり、空気中の窒素を植物が吸収しやすい形に変える役割を担っているとのこと。
グランクリュ(特級畑)を訪問した際には、「ここでは大昔から何もしなくても良いぶどうができるんだよ。だからグランクリュと呼ばれるんだ。」と説明があったそうです。農薬もなかった大昔から健全でおいしいぶどうやワインができていたことからも、土壌の重要性がわかります。
「ひかるの畑」では、御堂地区の中で標高が一番低い760mから一番標高の高い860mまで標高差100mの中に、シュナンブランやシラー、ピノノワール、シャルドネ、ピノグリ、ルーサンヌなど15品種以上のぶどうが栽培されています。
今年の冬には御堂の畑のぶどうが少し入った赤ワイン「心」Cocoro2021と白ワイン「志」Cocorozasi2021をリリース予定です。
〈仲間との絆〉
ぶどうやりんごの栽培には剪定、誘引、芽かき、摘果、摘心、草刈り、防除、苗植え、収穫などかなりの作業がありますが、ひかるさんはワインぶどう畑5haとリンゴの木800本を一人で管理しています。苗植えや収穫など短期決戦が求められる作業は到底一人ではできないので、地元の方々をはじめ、サッカーやスポーツ関係の仲間や飲み仲間、学生時代や会社員時代の仲間、登山仲間等、苦楽を共にした多くの友人に手伝ってもらいます。
アカデミーの同期も大切な仲間です。24〜70歳の個性も経歴も多様な3期生は平日開講だった最後の年で、会社を退職し退路を絶ってワインづくりを目指していた人も多く、たった11人の “伝説のゆとり世代” ともいわれていますが、毎回ワインを飲みながら夜遅くまで語り合ったそうです。卒業後も7人が東御市に残り、今でも相互に相談や協力をし合っています。
〈世界と繋がるワインのある未来像〉
御堂地区で新たに開墾されたワインぶどう畑は総面積約28ha。ヴィラデストワイナリー、リュードヴァン、ドメーヌナカジマ、ぼんじゅーる農園といった既存ワイナリーに加えて、ひかるさんのような新規就農者数人がワインぶどう栽培に取り組んでいます。周囲には醸造施設、飲食店、宿泊施設なども検討されています。地元の方たちに畑の体験を通じてワインを身近に感じてもらいたい、いずれは日本だけでなく世界中から御堂に来てワインを楽しんでもらいたい、といった思いは世界80ヵ国以上を旅したひかるさんならではです。ひかるさんの話からは、世界中から集まる多くの人がワインぶどう畑のまわりで信州の雄大な景色や美味しい野菜や料理を楽しむ光景が浮かんできます。
「ワインは芸術・哲学・自然科学の集大成であり、これと決まった正解がないのが魅力。一生かけてチャレンジしていきます。」
ひかるさんのFacebookやInstagramでは、栽培上の考察や過酷なレースのことなど軽妙洒脱な文章が投稿されています。読み物としてもかなり楽しめます。
https://www.instagram.com/arugamama_winery/
https://www.facebook.com/hkrszk
取材日:2022年8月29日
ペルー、リマ市出身。千曲川ワインアカデミー3期生。総合商社、金融機関勤務後、ワイン造りのため東御市に移住。アカデミー、信州うえだファーム、フランスのワイナリーで研修。東御市御堂ぶどう団地に定植。数年以内にワイナリー設立予定。