《「アルカンヴィーニュ」の存在価値》
玉村豊男さんが、「千曲川ワインバレー〜新しい農業の視点〜」を上梓されたのが2013年。
この構想の実現を目指して、企業人最後の年となった2014年、私は東京世話人として、玉村さんを囲む経済人グループをつくり、「千曲川ワインバレープロジェクト」をスタートしました。
玉村さんは、翌年2015年には、東御市田沢地区の標高920mの地に、ワイングロワーを育てるワイナリー「アルカンヴィーニュ」を設立。
ワインぶどう栽培手法、醸造技術、ワイナリー経営を伝授する、日本初の民間のワインの造り手を育てる学校「千曲川ワインアカデミー」は、開校しました。
併せてアカデミーを卒業した生産者が、収穫したワインぶどうを委託醸造する、“ゆりかごワイナリー”を開業しました。
このふたつの機能を起爆剤として年を追うごとに卒業生やワイングロワーが増え、「アルカンヴィーニュ」は、今や千曲川ワインバレー東地区にとって欠かすことのできないワイン産業人材育成機関としての地位を確立しました。
《「アルカンヴィーニュ」設立は、玉村さんの後世に残る功績》
玉村さんが「アルカンヴィーニュ」を設立後6年が経過し、「千曲川ワインアカデミー」の卒業生は、6期生までで162名、そのうちワイン産業に従事する卒業生は約70名を数えます。
プライベートブランドワインをリリースした生産者は20名を超え、ワイナリー開設者もまもなく10名という、素晴らしい成果をもたらしました。
玉村さんが開校した「千曲川ワインアカデミー」は、ヴィラデストワイナリー社代表取締役社長で、ヴィラデストとアルカンヴィーニュの醸造責任者の小西超(とおる)さんが教頭役を務めています。
カリキュラム編成は、フード&ワインジャーナリストの鹿取みゆきさんが統括責任者として、充実した一流の講師陣を揃えました。
アカデミーを卒業した生産者は、最近では千曲川流域のみならず、北海道はじめ全国のワイン産地に進出しています。
玉村さんは、皆さまご承知のように著名なエッセイストで画家ですが、こと千曲川ワインバレーに関しては、ご自身が多大なリスクを背負い、社会的使命を持つ「アルカンヴィーニュ」を立ち上げたことで、現在の千曲川ワインバレー東地区発展の基盤となる人材集団が形成されました。
自らの圃場を求めたワイングロワーは、ヴィンヤード面積が60haに拡大した東御市のみならず、小諸市15名、立科町10名はじめ千曲川流域広域ワイン特区8市町村に拡がりました。
今年5月の「千曲川ワインバレー特区連絡協議会(以下特区協)」の通常総会で参加が承認された佐久市にも、望月地区に3名のワイングロワーが入植済みです。
今や彼ら彼女らの人的ネットワークが、千曲川ワインバレー東地区の根幹となりつつあります。
玉村さんが、「シルクからワインへ」を合言葉に、地域のワイン産業振興へ果たされた功績は、ご説明したように計り知れないほど大きく、最大の賛辞を送ります。
玉村さんが、《千曲川ワインバレー生みの親であると同時に、育ての親である》所以です。
コロナ禍で、さまざまな社会変化が起きていますが、そのひとつが、脱東京の動きです。
情報インフラがリッチになり、アプリケーションソフトが充実し、3密回避でリモートワークが普及したのも大きいですが、その中でも昨年来軽井沢町、御代田町、佐久市、小諸市など、東京へのアクセスの良い北佐久地区への移住者の増加傾向が見られます。
そして「ウエルネスライフ」すなわち『よりよく生きるライフスタイルのあり方』の先駆的実践者こそ、玉村豊男さんなのです。
玉村さんの生き方に憧れて、さまざまなキャリアを持ちながら、退路を絶ってワイングロワーに転換した人たちがいかに多かったかは、アカデミーを卒業したワイン産業従事者数が物語っています。
コロナ禍は、ライフスタイルやワークスタイルの変革を加速化し、「ウエルネスライフ」の重要性を実証しました。
《大手ワインメーカーの動き》
もちろん大手ワインメーカーの動きも活発です。
まもなく開業50周年を迎えるマンズワイン社小諸ワイナリーの「ソラリスシリーズ」や、2003年上田市丸子地区にマリコヴィンヤードを開園し、2019年に椀子(まりこ)ワイナリーを開業したメルシャン社のシャトーメルシャン「椀子シリーズ」は、日本を代表するプレミアムワインブランドです。
特に昨年7月、椀子ワイナリーが、「World’s Best Vinyards2020」で、世界30位、「同左2021」は33位と2年連続ランクインしたことは快挙で、銘醸地であることを世界に力強く実証してくれました。
またマリコヴィンヤードは、20haから30haに拡張、マンズワイン社は、従来の小諸ヴィンヤード、上田市東山ヴィンヤードに加え、長和町にも長和ヴィンヤードを開園。
さらにサントリー社も立科町に試験圃場を開園するなど、広域ワイン特区内での大手メーカーの圃場拡大の動きも止まりません。
昨秋軽井沢プリンスホテルでプリンスホテル社、マンズワイン社、メルシャン社、ヴィラデストワイナリー社4社が協力して、コロナ禍で販売に苦しむ、小規模ワイナリー・生産者救済のワインイベントを特区協主催で実施したように、大手ワインメーカーの“地域との共生”の取り組みも、具現化してきました。
メルシャン社含めたキリングループは、CSV(Creating Shared Value)活動の一環で、本年6月に上田市と「上田ワインプロジェクト」をスタート。
マンズワイン社も自社「収穫祭」と連動した、小諸市小諸ワイン委員会主催の「KOMORO WINE DAYS」開催支援や、「小諸ワイングロワーズ倶楽部」への、小諸市在住の栽培エキスパートOBによる栽培指導支援など、地域での人的交流も一段と進んでいます。
《アカデミー卒業生は、ワイン関連産業の多彩な人材集団》
千曲川ワインアカデミーは、3期生までは講義が平日にあり、受講生もワイングロワーを目指すメンバーが中心でした。
4期生からは、講義が土日になったこともあり、ワイングロワーを目指す人たちだけでなく、事業家や企業経営経験者、ワイン関連事業の専門家や飲食経営者、企業人、官僚、医師、コンサル業など、受講生は実に多彩です。
特に現役の7期生は、コロナ禍でもあり、従来の正会員27名に、新たにオンライン会員30名が加わりました。
オンライン会員は、場所の制約がないため、全国からの応募となりました。
近年アカデミー卒業後、仲間と新たな事業創造に取り組み、起業を志す人たちの動きも顕著になってきました。
ワイン関連産業クラスターの、人材集団としての期待も増しています。
ウエルネス資源に恵まれた千曲川ワインバレー東地区は、コロナ禍でライフスタイルやワークスタイルの変革を急速に求められる中、自分に還れる場所『ウエルネス・サードプレイス』のコンセプトとマッチします。
私はこの〈千曲川ワインバレー便り〉で、今まで何度もこの地域の将来像をレポートし、行政への提言も行なってきました。
これからは、人口約21,000人、1万世帯あまりのまちに日本最大規模の約17,000軒の別荘がある、ウエルネス・サードプレイス軽井沢町。そして醸しと癒しの文化の融合でウエルネス環境を整え、選ばれるまち「小諸版ウエルネスシティ」宣言をした小諸市が、率先して牽引していくことでしょう。
こうした地域環境の変化の中で、アカデミー卒業生たちの起業は、ウエルネス・サードプレイスを実現する、地域イノベーションの尖兵になっていくものと期待しています。
《「千曲川ワイン倶楽部CWC」は「千曲川ワインアカデミー倶楽部CWAC」へ》
「千曲川ワイン倶楽部(以下CWC)」は、アルカンヴィーニュの存続を支援する法人・個人のサポーター会員で構成し、2016年3月発足しました。
所期の狙いは、アルカンヴィーニュの社会的使命を達成するための存続後援と、千曲川ワインアカデミーを卒業した生産者を継続的にサポートすることでした。
発足6年目に入り、時間の経過とともに上述のような大きな成果が出てきました。
アルカンヴィーニュの経営も軌道に乗り、所期の狙いは達成されたと判断しました。
CWCの今後の方向性については、運営委員会で半年かけて検討を進め、方針が決まりました。
今まで別働隊であったCWCは、アルカンヴィーニュと一体化し、従来のワイングロワーへのマーケティング支援活動に、アカデミー卒業生のアルムナイ(同窓会)機能を付加して継続することになりました。
アルムナイ対象者数も、7期生含めると、219名となります。
移行に伴い、名称はCWCから「千曲川ワインアカデミー倶楽部(以下CWAC)」に変更します。10月からの新組織の代表理事には、上述の小西超(とおる)さんが就任します。
CWC運営委員会のメンバーは、CWACでも継続し、新たにアカデミー卒業生の有力メンバーを加えて、運営してまいります。
コロナ禍で厳しい制約の中でも、着実にワイングロワーやヴィンヤード、ワイナリーが増え、東地区だけでワイナリーも20社を超えました。
ワイナリー開設予備軍も、年々増えてきており、長野県のワイナリー数はすでに60数社となり、数年でトップの山梨県の85社を追い越す勢いです。
軽井沢のリゾート企業も、滞在型リゾートへの転換を目指し、積極的に千曲川ワインバレー東地区の有力ワイナリーとの関係性を深めております。
《最後に》
昨年6月より〈千曲川ワインバレー便り〉と題して、私が隔月軽井沢と千曲川ワインバレー東地区の動向を、お伝えしてきましたが、今回が最終回となります。
長らく拙文にお付き合いいただき、ありがとうございました。
ゼロからスタートしたCWCが、ここまで活動することができましたのは、発足時に、名誉会員をお引き受けいただいた、地方公共団体の長野県阿部守一知事、東京都小池百合子知事はじめ、広域ワイン特区の8市町村の首長や経済界のリーダーの皆さま。
スポンサーを買って出てくださった法人会員企業のトップや個人会員の皆さま。
さらにCWCプロジェクト活動を継続的に応援いただいた、パートナー会員やアドバイザーなど、総勢100名を超える皆さまの温かいご支援の賜物です。
CWC代表として、心より御礼申しあげます。
私自身は、引き続きCWACの相談役として関わりながら、さらに軽井沢経済圏と千曲川ワインバレー東地区の一体化の実現に向けて、微力を注いでまいります。
CWC発足以来の活動へのご理解とお力添えに感謝申しあげ、引き続きCWACにもサポート賜りますよう、よろしくお願い申しあげます。
アルカンヴィーニュフォーラム「千曲川ワイン倶楽部」
代表 小山 眞一